2018年6月14日(木)、I.C.E. 初の「I.C.E. 人材育成セミナー」を東京・外苑前STRATUS TOKYOにて開催しました。
今回は"時代が求めるコミュニケーションアイデアのつくりかた"をテーマに、多様なメディアが溢れる現在において、どのような視点でどのようなストーリーを考えるべきか? 日本の広告業界を牽引する博報堂ケトルの嶋浩一郎さんを登壇者にお迎えし、その知見をお伺いしました。
19時からスタートした嶋氏の講義には、スマートカジュアルに身を包んだ50名ほどが参加。I.C.E.に加盟する制作会社や広告代理店、PR会社などに勤務する、次世代をリードするクリエイター、ディレクターたちが集いました。
20代後半から30歳前半が中心の受講者は、嶋氏の発言をノートPCやタブレットなどを駆使してメモを取りながら、熱心に聞き入っています。
ケトルはどんな会社なのか?
手短に挨拶を済ませると、自身が着用したTシャツについて語り出した嶋氏。胸にプリントされたLVNRとは、レバニラを意味するアルファベット。シルクスリーンプリントで有名な秋田のシックス・ジャンボピンズに依頼して30枚作り、ほとんど毎日着ているほどのお気に入りだそう。軽妙な語り口で始まったスピーチの冒頭は、博報堂ケトルというユニークなクリエイティブ集団が手がける仕事内容でした。
「2006年に博報堂からスピンオフしてケトルを設立しました。当時は5人で始めて、今では40人になりました。アホみたいに聞こえるかも知れませんが、我々の社是は"恋と戦争は手段を選ばない"です。新聞広告やテレビCM、デジタル広告はもちろん、コンテンツやグラフィックも制作しています。それから、下北沢でB&B(Books & Beer)という本屋も運営しています。異なる仕事が10個くらい並走している状態の方が興奮する性癖というか(笑)、同時進行で大量に仕事する方が気持ちいいし、アイデアは意外と明後日の方向からやってくるものだと思っています」
欲望=インサイトとは何か?
マーケティング用語として広まり、しばしば話題になる"インサイト"という言葉。直訳すれば洞察力という意味ですが、広告業界では主に消費者の視点や心理という意味合いで使われています。嶋氏はインサイトを"欲望"と捉え、人の欲望にどう寄り添うか、そして企画の本質とは、言語化できない欲望を先回りして言語化してあげる作業だと語ります。
実はその視点を元に、嶋氏がブックコーディネーターの内沼晋太郎と共に誕生させたのが、"これからの町の本屋"というコンセプトを掲げる下北沢のB&Bでした。出版不況が叫ばれ、町の本屋がどんどん消滅していく中で、6年間黒字経営を続けています。読みたい本があればネットで探して、翌日には手元に届く現代、嶋氏はなぜ本屋にこだわるのでしょうか。
Amazonとリアル本屋では役割が違う
「B&Bを開業する準備をしているとき、"いまどき本屋なんか儲かるわけがない""本屋は基本赤字でしょ"とか、超後ろ向きなコメントをする人が多いわけですよ。しかも、出版社の人が特に。ひどいでしょ(笑)。だって、彼らの本と人との出会いを作るためにやってるのにね。たしかに、村上春樹の『騎士団長殺し』を読みたいとか、すでに読みたい本があるという人には、Amazonをはじめとするネット書店は便利です。それじゃあ、リアル本屋の魅力って何だろうと突き詰めていくと、"買うつもりのなかった本をつい買ってしまう"という、相当いい体験をさせてくれる場所であることです。"あっ、実はこの本を読みたかったんだ!"というように、言語化できていなかった欲望が言語化されることでもあるのです。
本屋には、世の中を構成するあらゆるテーマがコンパクトにまとめられていて、5分も見て回れば世界について色んなことがわかる。でもインターネットで5分を与えられても、ひとつのテーマを深掘りして情報を得ることは可能ですが、世界を構成するあらゆるテーマに触れることはできません。既に言語化できている欲望に対しては、Amazon はとても便利なツールです。しかし、いまのところ、ウェブサービスで言語化できていない欲望を気づかせるのは、なかなか難しいことです」
見えない欲望を言語化すること
言語化できない欲望を先回りして言語化してあげる作業、これこそが企画の本質であり、本屋はまさにそれを日々実現している場所であると。さらに嶋氏はこう強調します。
「人はすでに言語化・顕在化された欲望を満たすサービスや商品には感謝しない。一方で、人は言語化できていない欲望に対して"実はあなたが欲しかったものはこれでしょう?"と提示してくれるサービスや商品に感謝し、お金を払い、ファンになってくれるのです。Amazonで『騎士団長殺し』を買って、すぐ届くことに、もはや人は感謝しない。なぜならそれが当たり前のことだからです。すでに言語化・顕在化された欲望を満たすだけのサービスや商品は、結果的に薄利多売のビジネスになるしかないのです」
統計学者よりもセクシーな仕事をしよう
講義終盤、いまの時代が求める "セクシーな仕事" について嶋氏は話します。2009年、Googleのチーフエコノミストであるハル・ヴァリン博士が「21世紀で最もセクシーな仕事は統計学者だ」と述べ、ビッグデータやAIの活用から生まれる職業は注目され続けてています。
「ビッグデータやAIは、欲望の知られざる相関関係を見つけることはできるかもしれません。でも、僕に言わせれば、すでに言語化・顕在化された欲望はビッグデータとAIに任せておけばいいのです。それよりも"実はあなたが欲しかったものはこれでしょう?"と発見して言い当てる方が、ずっとセクシーで高度な仕事だと思うからです。本人が気付いていない欲望を、先回りして提示してあげるということが、"インサイトを掴む"ということ。だから僕たちは、統計学者よりもセクシーな仕事をしなければいけないのです」
レポートには記載できない "ここだけの話" も、ライブ感のある講義ならでは。万雷の拍手で嶋氏のスピーチが終了すると、参加者との質疑応答時間が設けられました。鋭い質問がいくつも飛び出すと、嶋氏も熱心に答えていました。
会の終盤では、ビールを含めたドリンクとフードを楽しみつつ、カジュアルな雰囲気での嶋氏との会話や、受講者同士でも熱心に意見交換をするなど、夜遅くまでセミナー会場は賑わいました。
写真提供/I.C.E.広報委員会 撮影/西田優太|Yuta Nishida
取材・文/川瀬拓郎|Takuro Kawase