今回のI.C.E. CREATIVE LOUNGE(以下ICL)は、2018 カンヌライオンズに参加した4名のゲストとともに、クリエイティブ業界の動向を探るトークイベントを開催。「カンヌはどう進化した?変わりゆくクリエイティブの意義」のテーマに沿ってディスカッションが繰り広げられました。
毎年約1万5000人が参加する、世界最大級の広告賞であるカンヌライオンズ。1954年の設立から65回目を迎えた今年は、クリエイティブ業界の大きな変化を象徴する出来事が重なったようだ。
第8回のICLとなる今回も満員御礼となり、カンヌへの関心は依然として高いことをうかがわせた。ちなみに、来場者の約3割弱がカンヌ2018に参加していたようで、以前の参加も含めるとカンヌ経験者が多数だった。
今回ゲストである審査員3名の話に入る前に、まずカンヌライオンズ2018の概要について、小川氏から解説がなされた。2011年から8年連続で参加しているカンヌウォッチャーらしく、2018カンヌにおけるポイントを要約しながら、全体の流れを俯瞰した内容であった。
2018 カンヌライオンズのアウトライン
大手ピブュリシスグループが表明した、カンヌからの一時的な離脱。さらに業界1位のWPPも、参加人数を1000人から500人へ大幅に削減。カンヌ参加へのコストがかかりすぎてしまうことが原因だが、こうした縮小ムードにカンヌ側もすぐに反応を示した。広告主側のトップメンバーを迎えた改革委員会を立ち上げ、5つの改革に取り組んだ。
1. 約8日間だった会期を、月曜日から金曜日までの5日間へ短縮。
2. 1つの作品は、最大6ライオンまでしか応募できないよう上限を定めた。
3. ライオンの下にあったサブカテゴリーを大幅に削減。
4. 3部門がなくなり、新たに5部門が追加されて再編がなされた。
5. フル参加パスの価格を少し下げた。
結果として、2017年の出品点数が約41,000点だったのが、今年は約32,000点へ減少。前年度比マイナス21%にあたり、運営側の収入に大きな打撃があったと予想されている。また、パスの低価格は歓迎すべきことではあるが、期間短縮を考えるとむしろ1日あたりは割高に。部門の再編やサブカテゴリーの削減には成功したが、依然解決していない問題も残っている。
カンヌライオンズの正式名称にあった広告の文字が消え、クリエイティビティと呼称するようになったのが2011年。当時新設されたTitanium部門の歴代クランプリ受賞作が、カンヌ全体の流れを象徴しているとも考えられる。そこで小川氏は、今回の改革委員のひとりでもあった、P&Gのマーク・プリチャードが語った言葉を紹介した。
小川:「広告業界の新しい黄金時代を作るために必要なこととは、『マス・マーケティングではなく、マス・マタリングだ』ということ。ブランドの話をしなくても、みんながブランドの話をしてくれる。そうした状況を作り出すことが1番の成功に繋がると。マス・マタリングを自分なりに意訳すれば、"みんなゴト化"。ブランド・アセットに何かを掛け合わせて、皆が思わず話したくなる構造体を作ることです。掛け合わせる要素とは何かということになりますが、今一番必要とされていることが、社会を改善していく、社会を前に進めるということになっているのかなと」
2017年の数々のセミナーでも話題になった、トランプ大統領の動向、ブレグジット、LGBTQをめぐる人権問題、テロ、難民問題など社会を揺るがす不安要因。こうした世界的な問題を要素のひとつとして取り入れ、ブランドと掛け合わせることで、みんなゴト化していく。こうした流れが現在のトレンドだと、小川氏は結論づける。
小川:「政府の力が弱くなった今、スーパーパワーを持った企業こそが、自ら率先して社会を前に進めていくべきだ。そうした企業の勇気が評価されている時代なのだと感じています」
▼Film Craft 部門
選考判断の基準=クライテリアについて
審査員長の方針によってクライテリアは毎年変化するが、今年重要視されたのは、技術に特化したものよりも、まっすぐに心に刺さるものかどうかという点にあった。下馬評の高かったスパイク・ジョーンズ監督作の『Home Pod』が受賞しなかったことについて、小助川氏はコピーライターのニック・デイリー氏の言葉を紹介した。「潤沢な制作費やセレブリティを起用することが重要なのではなく、情熱と努力と技術があれば傑作は生まれる」と。数多くのハイクオリティな作品が選考に残らなかったことは、こうした指標が関係しているからだろう。
小助川:「大きなテーマはダイバーシティでした。2000年当時のグランプリはFOXの作品で、ロシアにある架空のマイナースポーツまで放送するという趣旨の内容でした。そこにあったのは、マイノリティを笑うという文化だったのです。翌年に9.11が起こり、急速にその文化が変わっていったのだということを実感しました。もうひとつのテーマとして挙げられるのは、Based on True Storyというもの。混乱した世界の中で、企業やブランドはどういう存在意義があるのか?という本質的なことが問われるようになった。だから、創業者を含めて原点に立ち返ることをテーマにした内容が多かったのです」
Film Craft グランプリ受賞作について
引用元:International Committee of the Red Cross (ICRC)
HOPE: Why we can't save her life ~希望:彼女の命を救えなかった理由~
グランプリとなったのは、赤十字が制作した『HOPE』という作品。舞台は戦争状態の中東で、病院や医療関係者が攻撃の対象となっている状況に警鐘を鳴らすという内容。爆撃で負傷した娘を、父親が車に乗せて病院まで連れて行く際、普通なら単に"今から病院に行くよ"と娘に声をかけるところを、この父親は"今からお前が生まれたところに行くよ"と声をかけるところがポイントになっている。家族の幸福な思い出、それこそが希望だというメッセージを導き出している。スクリプト部門でのゴールド受賞も、それを裏付けている。
小助川:「この作品で際立っていたのは、"分かってくれる"ではなく"分からせる"という手法。日本のハイコンテクストなコミュニケーションとは違い、省略することなく(状況説明を)丁寧に積み上げていく手法。そして、最後に登場するタグラインの精度と強さにあります。企業の存在意義やコミュニケーションの目的、それをどうアイデアにするのか、そしてクラフト。この三位一体が、どれだけ鮮やかにできているのか、結果として人のエモーションにどう訴えかけるのか? というのがこの部門で評価されたポイントでした」
▼Creative Data 部門
審査員は何を重視したのか?
クリエイティブ・データ部門を審査した望月氏。デジタルデータやテクノロジーを活用して、いかに力強いクリエイティブやアイデアを作り出すことができるか?ということが主題となる。その分かりやすい例として、望月氏が紹介したのが、2016年のグランプリ受賞作の『The Next Rembrandt』だ。AIにレンブラントのタッチや描き方をディープ・ラーニングさせて、3Dプリンターによってレンブラントの自画像を書かせたという作品。データやテクノロジーによって、偉人を復活させるという点でも、先駆的な作品でもある。
望月:「審査委員長のクライテリアは、"データそれ自体は単なる成分に過ぎず、それを使ってどうやってアイデアを作り、ビジネスゴールに到達できるかが重要。ただし、そのデータが存在しないと成立しないこと"というものでした。いいアイデア、いいキャンペーンであっても、データ活用ができていないという場合が多々あり、手段と目的が逆になってしまうようなところが、審査を難しくさせた側面もありました」
Creative Data グランプリ受賞作について
今年のグランプリを獲得したのは、イギリスのTIME誌が制作した『JFK Unsilenced』。暗殺されたケネディが当日行うはずだったスピーチをデジタル技術によって再現するという内容。キャンペーンとしての効果やビジネス・リザルトも評価の指標になるが、この作品が大きく評価されたポイントは、"業界に対する新しいメッセージがあるのか? 問題提起になっているのか?"ということ。
受賞作について望月氏が指摘するのは、下記の3つ。①音声再生技術の進化:バックノイズのクレンジング技術など、②社会に貢献できる実用性:声を失ったALS患者にこの種類のテクノロジーの活用が進んでいる。③倫理的な問題:テクノロジーの活用をどこで線引きするのかということ。今回の場合は世界的な偉人であるケネディだから違和感がないが、それが歴史的に望ましくないような人物だったらどうだろう? そうした問題提起にもなっている作品であった。
▼Social Influencer 部門
新部門のクライテリアとは?
今年新設されたばかりの部門で、審査員同士が手探りで審査していったと語る尾上氏。その中で、グランプリは文化を変える力を持った作品、ゴールドは産業を変える力を持った作品、というもの評価基準が設けられたそう。
尾上:「ソーシャルメディアの先にあるものは結局人間。なので、人が働きかけることで人がどう動いたのか? 感情にどのような変化をもたらしたのか? そこを見ていこうと。ソーシャルメディアは、もはやメディアではなくカルチャーである。よって、たくさんのカルチャーがいろんなところにある。単にソーシャルメディアやインフルエンサーを活用したということではなく、そこにいる人とカルチャーを理解した上で、適切なメッセージやコンテンツを届けることができたのか? そこを評価しようということでした」
Social Influencer グランプリ受賞作について
転載元:NOTHING BEATS A LONDONER - NIKE AD (TONE P & MARK RONSON FEAT. PROD)
グランプリ作品となったのはナイキの『Nothing Beats A Londoner』。ロンドン中のインフルエンサーからそうでない人たちまで登場させて、"ロンドンのスポーツ事情は最悪だけど、俺たちは頑張っているぜ!"というメッセージの内容。スポーツ好きのロンドンっ子たちをリレー方式で紹介していく、ソーシャルを活用した手法はもちろん、映像表現の斬新さも高評価のポイントに。
立て続けに尾上氏が紹介したのは、グランプリを競いゴールドとなった作品。FIFAがサッカーゲームと連動して行ったキャンペーンの『More Than A Game』。裏技を発見したゲーマーが、コミュニティで裏技をシェアする、さらに実際の選手がその裏技ができるようになる。そうやってコミュニティを拡大して、リアルとの結合というビルドアップ型キャンペーンとなっている。
また、映画クロコダイル・ダンディーの最新作のティザー広告である『DANDEE』も併せて紹介。有名な俳優や女優が出演することが次々と紹介され、期待感を盛り上げる内容。そしてスーパーボール当日にこのCMが流されて、実は映画の広告ではなくオーストラリア観光局の広告であったというネタばらしをする。全米で知らない人はいないというほど、成功したキャンペーンとなった。
ビルドアップ型かトップダウン型か?
尾上:「クロコダイル・ダンディーがトップダウン型とすれば、ナイキとFIFAはビルドアップ型。そこで評価が大きく分かれました。異なる文化を持ったインフルエンサーを尊重しながら、下から積み上げていくという構造は、ナイキとFIFAも非常に似ているのですが、ナイキの方がFIFAよりもインサイトと表現が強いことがグランプリとゴールドの分かれ目になりました。"小さいところから始めて、大きな力を生み出していく""どこで何をやるかではなく、誰と何を作るのか?"ということ。そうしたことが今のクリエイティブに欠かせない要素になっているのかなと、審査を通じて感じました」
変わりゆくクリエイティブの意義とは?
小川:「『HOPE』は、観る者を感動させた後にハッシュタグによってその後を考えさせる仕掛けになっている。『JFK Unsilenced』は音声技術によって偉人の声を復活させ、その後に倫理観を問うという形になっています。『Nothing Beats A Londoner』は、SNSでしかできない特性を利用してビルドアップしていく作り方。全てに通じて言えることは、"世の中をどう変えていこうか"ということを見据えた作品であり、そこが現在のクリエイティブに問われていることなのだと思いました」
小助川:「トップダウン方式とビルドアップ方式の違いという尾上さんの話で、カルチャーを一緒になって作っていく手法は大いに参考になりました。ただし、クリエイティブの意味が変わったのか?と言われると、そうではないのかもしれません。それは、結局のところ"人間の本質を捉えているかどうか?"であり、僕が2000年にカンヌに行ったときから、それは変わっていないと思いました。ただ、そのアプローチが変わっていくのだと。緻密な計算や技術の向上は当然として、もっと知恵を絞り切らないといけない」
望月:「国、エリア、コミュニティといった垣根を超えて存在する、人間の根源的な欲求に根ざしたアイデアが評価されている。クリエイティブに関しては、"密度が濃くなって、幅も広くなっている"という印象があります。今までは"浅く広く"か"狭く深く"のどちらかだったのですが、その両方が求められるようになり、もっと大きなものを動かす力がクリエイティブに繋がる。そこには、データ活用の部門と言えどもエモーショナルな要素が欠かせないのです」
尾上:「Social & Influencer部門だったこともあり、下克上的なものが面白いと感じました。これまでのやり方を踏襲したものをクリエイティブとして評価するのではなく、新しいやり方の発明こそ、本当の創造(=クリエイティブ)だと思っています。その点で今回のグランプリは、まさにそこが評価されたのかなと。それから小助川さんのおっしゃったユニバーサル・トゥルースが、今後さらに重要視されるだろうと感じました」
写真提供/I.C.E.広報委員会 撮影/西田優太|Yuta Nishida
取材・文/川瀬拓郎|Takuro Kawase