2019.06.11 クリエイティブ委員会 EVENT REPORT

I.C.E. CREATIVE LOUNGE 第9回

SXSW をクリエイティブにハックする

変わりゆくインタラクティブの意義を探る

世界でも有数のテック系イベントとして、ここ日本でも注目が高まっているSXSW (サウス・バイ・サウスウェスト)。猛威を振るう GAFA、日々進化を続ける AI、ビッグデータの管理と運用など、我々を取り巻く環境が新たなフェーズに入った現在。SXSW を通じて見えてくる未来とは、どんなものなのでしょうか?

今回の I.C.E. CREATIVE LOUNGE では、SXSW 2019に参加した3名のゲストを迎え、「SXSW をクリエイティブにハックする」というテーマに沿ってトークイベントを開催しました。

イベントのトップを飾るのは、5年連続で SXSW に参加し、そのうち3回の出展経験を持つ富士通総研 佐々木哲也氏。様々な企業からの参加者をコーディネートするなど、豊富な経験を元に SXSW のアウトラインからトークが始まりました。


そもそもSXSWってどんなイベント?

佐々木:SXSW を端的に表すとすれば、世界最大規模のクロスカルチャーイベントとなるでしょう。そもそもは音楽イベントとして1987年にスタートし、1994年からは映画、1998年からはインタラクティブが加わり、現在この3つがメインとなっています。10日間の開催期間中、テキサス州のオースティンという都市に、世界中から約40万以上もの人々が集います。オースティンにもたらす経済効果は、日本円に換算すると約400億円にも及びます。特設会場はもちろん、ホテルやライブハウス、レストランまで、オースティンの街全体が会場となります。

佐々木氏によるスピーチの前半は、SXSW における様々な統計データから近年の動向について考察がされた。


増加するインタラクティブと出展料

佐々木:ここ数年の傾向として、インタラクティブ関連のコンテンツ増加が挙げられます。そこではセッションと呼ばれるトークイベントが行われるのが通例です。SXSW期間中はフリー(無料) イベントもいたるところで行われ、それだけでも十分に楽しめますが、セッションに必要なバッジは、プラチナムバッジが約14万円、ゴールドバッジが約11万円。こうしたバッジを購入する参加者は7万人くらいです。また、ここ数年の出展料は約40万円になっており、数年前に比べて1.5倍になっています。新しいホテルも次々と建っているのですが、一泊料金は平均400ドルにもなっており、年々高騰しています。

佐々木氏スライドより


今年のSXSWで注目されたテーマ

佐々木:今年は GAFA の解体論を語る議員が印象に残っています。他にも政治や経済に関するトピックが増えています。この流れは、テクノロジーへの失望感やテックジャイアンツに対する不信感が根底にあると思います。政治、経済、社会において、テクノロジーが不可分なものになっている現在、SXSW はこうした答えがない課題を話し合う場所でもあるのですね。疑問や課題を持って、自分からコミットすることに意義があるイベントなのです。僕からすると、最新のトレンドを知りたいという人にとって、SXSW は不向きのように思います。例えばデザインのトレンドならミラノサローネ、広告のトレンドならカンヌ、テクノロジーのトレンドなら CES に行くべきでしょう

【写真左】佐々木哲也(株式会社富士通総研 シニアマネジングコンサルタント)
1980年神奈川県生まれ。2003年富士通総研入社。主にメーカー、通信キャリアにおける業務プロセス改革や構造改革支援を経て、現在は新規事業の企画・開発支援および事業開発組織の立ち上げ・促進を支援。

【写真右】西村真里子(株式会社 HEART CATCH 代表取締役)
テクノロジー×クリエイティブ×ビジネスをつなげる様々なプロジェクトを手がけるプロデューサー。SXSW の取材経験も豊富で、今回の ICL の企画・キャスティング・モデレーターを務めた。


佐々木:それではなぜ、SXSW へ行くのか。偶然の出会い、偶発性と訳される "セレンディピティ" という言葉があります。特定の目的だけを求めて話を聞きに行くのではなく、セレンディピティを発見しにいくのが SXSW だと思っています。この世界最大級の分野融合型のフェスティバルで様々な参加者と対話を行うことで、偶発性の中から自分の中で問い続けたい課題が見つかったり、思いもよらぬ解がみつかることもあるかもしれない。もちろん、ある程度の下準備は必要となりますが。現在、日本を見ているととにかく短絡的に答えを出そうとする傾向がありますが、そうではないモードで10日間をすごす期間があっても良いと思うのです。昼はたくさんのセッションに参加するので夜は疲れていると思いますが、あえてライブに出かけてみるといいかもしれません。とあるパンクバンドを見に行ったら、経済学者として有名なポール・クルーグマンを発見して、サインをもらったこともあります(笑)。


SXSWでメインとなるセッションについて

次なる登壇者としてスピーチするのは3年連続で SXSW に参加しているコクヨワークスタイル研究所の若原強氏。セッション登壇者との15分の個別ディスカッション枠が与えられる、メンターセッションの10連荘にチャレンジするなど、SXSW の活用方法模索に余念がありません。

会場の盛況ぶりも同時に伝わる、写真を多用した若原氏のスライド。


若原:先ほど佐々木さんの説明でもありましたが、自分なりの目的を持って、自分なりの情報を取りに行くイベントが SXSW と言えるかもしれません。日本での SXSW はトレードショーのイメージが強いのですが、実際はカンファレンスがメインなのではないかと思っています。今年は10日間で2147ものセッションが開催されました。100カ国以上から約5000人ものスピーカーが集まり、多様なコンテンツを話します。すべてのセッションを見て回るのは、もちろん無理。ですから、セッションをどんな目的でどうハックしていくべきか、僕のおすすめ3つのパターンをお話ししたいと思います。

若原氏スライドより。


パターン1:発想力を高める専門外の情報を得る

若原:例えば、科学者がアートに感化されて閃くことがあるように、自分の専門外の領域から、新たな発想のタネを取り入れることがセッションの醍醐味のひとつです。自分はコクヨではオフィス家具や働き方が専門なのですが、今年はファッションに関するセッションにも参加してみました。そこでは、プリーツをうまくデザインに取り入れ、子どもの成長に合わせて服のサイズも大きくできる製品などの事例をもとに、ファッション業界でのユーザーカスタマイズと、そこでのデザイナーの新たな役割に関するプレゼンテーションが行われていました。これを自分の専門分野に類比し、一度作ったオフィスを企業の成長に対してどうカスタマイズしていき得るのか、そこでの空間デザイナーの役割は?そんな風に置き換えて考えてみると、自分の分野だけで考えていては見えないかもしれない新たな景色が見えてきます。


パターン2:新たな景色が見えるテックの揺り戻しを感じる

若原:テクノロジーの揺り戻しというものがあります。例えば、自宅への荷物配達が自動化できるレベルにまで自動運転が発展すると、今度は自動運転車が停まった道路から住宅の玄関までは荷物をどう持っていくのか、という新しい課題が出てきてしまう。このようなテクノロジーの揺り戻しやその先、というテーマのセッションも SXSW では多く見られます。今年で印象深かったのは、デジタル・ウェルビーイングというアイデア。スマホ依存症、SNS依存症になった人々をどうデトックスするか?ではなく、システム側やアプリ側をデトックスする、つまりそもそも依存症を生まないようなシステムやアプリに作り直すという考え方なんですね。この手のテーマから見える新たな景色も、自分の発想への強力なヒントとなるはずです。


パターン3:自分をアップデートできるスキルとノウハウを得る

若原:今回僕が聞いた中では、CIA のセッションがこれに当たります。CIA のエージェントは、難しい問題をどうクリエイティブに解決していくのか?ということが語られていました。本来は誰にでもクリエイティビティがあるのですが、そこには4つの蓋がされており、そのはがし方がわかれば誰でもクリエイティブになれるとのこと。はがし方の例として、問いそのものを立て直してみる。「答えは何か?」ではなく「答えとなり得るものをすべて挙げると?」と言い換えるだけでも発想の幅が自然に広がる、等々。なかなか話を聞くことができない有識者が公開するノウハウやスキルは、自分をアップデートする格好のインプットとなるはずです。

若原強(コクヨ株式会社ワークスタイル研究所 所長 / consulting & more代表)
1976年、北海道生まれ。経営コンサルファーム、広告代理店を経て2011年コクヨ株式会社入社、2016年より現職。コクヨでは働き方・暮らし方の研究に従事、自身の個人事業ではマーケティングコンサルタントとして活動するパラレルワーカー。SXSWには3年連続参加。


若原:お祭り騒ぎの中で得られる一種の高揚感があるのも、SXSW の魅力かもしれません。読書や研修などでも有用なインプットは得られるはずなのですが、それらとは全く異なる雰囲気にのまれて学習が捗るというか。その場で体験して得たフィードバックを、自分の課題とつなげていくことができる場所なのです。受け身での視察ではなく、自分から能動的に関わり、問いかけの姿勢を持っていけば、大きな実りを得られるのではないでしょうか。


テックの未来、データガバナンス

最後のスピーチは、今年 SXSW 初参加となった電通 南木隆助氏。専門分野は都市計画、建築、都市ブランディングであり、インタラクティブとは距離がありますが、そんな南木氏だから見えてきた3つのテーマで話が進められました。

南木氏の感じた3つのテーマ、この後詳しく解説がなされた。


南木:今回訪れたセッションでは、テクノロジーによって世界が変わった後に、どんな秩序が必要かという話が数多くなされていました。そこで議論されていたのが、データガバナンスの行方です。少し前に Facebook の個人情報漏洩が起こり、DNA 情報やゲノムデータのセキュリティも大きな話題になっています。つまりどんどん秘匿性の高い情報が扱われていくことになっていて、それに合わせてセキュリティやルールも厳しくなっていく。その果てに GAFA 解体論を言い出す議員まで出てくる。そうした話題の中で個人的に興味深かったのは、感情データの扱い方、つまり蓄積と利用方法です。AI が搭載されたカメラだったり、心拍を計測するデバイスなどで、その人がどんな感情かはかなりの精度で取れるようになってきています。ただまだその活用方法はそここまで示されていません。僕は例えば、その感情データをジオデータに組み込むのはどうかなと思いました。「この場所は人が楽しんでいる」「この場所は人が集中している」「この場所は人がリラックスしている」などを場所に貯めていくのです。データを人に紐づけることは、常にデータガバナンスの問題がつきまといます。だからこそ、場所にデータを溜め込む。そういうやり方を応用して、都市に感情データを埋め込んで、開発や観光などに活かしてみてはどうだろうと思いました。


オースティン=プロトタイピング・シティ

南木:実は一番得しているのは、オースティンという都市なのでは?ということです (笑)。SXSW がもたらす経済効果で、次々と新しいビルが建ち、インフラが整備されました。今年は電子バイクが大流行していましたが、オースティンは Uber ととことん揉めた初の自治体でもあるのです。結果的にオースティン側が折れる形になりましたが、地方自治とテックという観点で興味深い事例ですね。今やオースティンは先進テクノロジーを使うが故に、テクノロジーならではの課題先進都市になりつつあり、その解決のためのさらなるテクノロジーの実験場になっているのですね。こうした課題先進都市だけが持ちうるポジティブスパイラルの影響を自治体に持って行って、先進都市のポジションとトライアルする価値を提案できるといいのではないかと思いました。


企業展示は体験×テックが主流に

南木:AR や VR を駆使した体験型ブースは数多く、フードテック、ウェアテック、ヘルスケアテックといった形で、今後のビジネスに繋がりそうなプレゼンテーションを体験することができました。その反面、場所やスペースにひもづく提案はまだまだ色々とできそうです。先ほどの感情データを場所に埋め込むという都市視点の新しいアイディアや、近年増えているポップアップをテクノロジーと絡めてどう使うかの "ポップアップテック" や場所のデザインにテクノロジーをより洗練された形で使う "スペースデザインテック" といえる分野は、まだまだ弱いし、アイディアの余地が充分にあるという印象を受けました。でも、網羅的な提案がある SXSW だからこそ、こうした隙間の領域の発見ができるということなのかもしれません。

南木隆助(電通5CRP 企画/設計)
1984年、東京生まれ。広告はもちろん、空間設計(展覧会、オフィス、店舗、幼稚園)、都市ブランディング、プロダクトデザインまで多岐に渡る領域で活躍。これまでに日本空間デザイン賞Gold、Adfest bronze、世界料理本アワード世界3位など。2016年外務省日本ブランド発信事業に選出され欧州で講演。SXSWは今年初参加。


3人の登壇者によるスピーチが終わり、後半はモデレーターの西村真里子氏を加えてのディスカッションが繰り広げられました。参加者からの質問も受け付けながら、SXSW の活用法や最新事情が話題に。最新事情としては日本でのメディア露出を期待し "逆輸入でハクを付ける" といった目的の出展も見受けられるとのことで、その実情には疑問の声も。もちろん様々な SXSW ハック方法ありますが、新しい世界を議論したい40万人が集まる場所ではしっかり SXSW 本流を掴んだ上で日本向けの視点を持つべきではないかとの登壇者ならではの考察もあり、本音トーク続出で、参加者からも「本音トーク満載で楽しかった!」「SXSWレポートに複数参加しているが、今までよりもSXSWのイメージがつかめた」「素人でも分かりやすかった」などの感想が集まりました。議論が活発に起きる SXSW のような場所が I.C.E. CREATIVE LOUNGE でも発生している、そのような "SXSW的" オースティンを感じる夜となりました。



写真提供/I.C.E.広報委員会 撮影/小野大樹|Daiki Ono

取材・文/川瀬拓郎|Takuro Kawase