2019.09.04 ビジネス委員会 EVENT REPORT

第1回 I.C.E. 法務セミナーが2019年5月30日に開催されました。今回は、制作に携わる人であれば誰もが気になる、著作権や肖像権についてのセミナー。講演してくださったのは、(株) 電通 法務マネジメント局 広告表現コンサルティング部のシニア・ディレクター 渡部秀人氏。数多くの実例をあげながら、わかりやすく解説していただきました。

「最近、攻めた企画が少ないね」とはもう言わせない。『今さら聞けない、I.C.E.法務セミナー』と題された今回の企画、会場となったのは東銀座の D2C ホール。広い会議室が I.C.E.会員で埋まったことからも、関心度の高さがうかがえます。

冒頭では、I.C.E.理事長の小池より「今回は、制作者向けに法務リテラシーを上げるため開催しました。以前、自分も商標権の侵害で問題を抱えたことがあるので、その前にこのセミナーを受けたかったです」と挨拶。日本広告業協会 制作取引小委員会委員長・沼澤氏は「法務は知っておくとトラブルを回避することができる。本日の講演は “守りを固めることは攻めること” といった話になるとお聞きし、楽しみにしています」と語りました。その後、壇上に渡部氏が招かれてセミナーがスタート。

クレームには大きく分けて2種類ある

受講者の真剣な眼差しを前に、渡部氏はおだやかな口調でこう話し出します。

「今回のテーマは、“最近、攻めた企画が少ないね”とは言わせない。というものです。かつては、広告業界のなかにも確信犯的に大胆なことをする人が結構いました。皮肉にも、そのような挑戦的な発想や企画にぶつかるなかで、私自身も鍛えられてきたところがあるのも事実です。しかし、最近は皆さん萎縮してしまって、手が縮こまっているように感じています。もちろん、表現に対する世の中の受容度は時代とともに変わっていますし、“攻めた企画”が求められていないのであれば、無理に追いかける必要はない。しかし、必要とされているのに自粛してしまっているのなら、それは多くの人にとって不幸なことではないでしょうか?」

制作現場を不安にさせ、萎縮させている大きな要因として、渡部氏は「グレーゾーン」と「クレーム」を挙げます。広告表現に対するクレームに関しては、「法律やルール、権利などに基づくクレーム」。そして、社会の不寛容からくることが多い「主観的、感覚的なクレーム」の2種類があると言います。

「この図の一番外側にある “配慮・不快・好悪感情”という部分がもっとも不明瞭で、最近はこういった主観的・感情的なクレームが増えています。問題がないものを作ったはずなのに、“こんなクレームが来るなんて!”というパターンです。この場合、たとえ法的には問題がなくても現場は厄介なことになります。だからといって、どんなクレームでも責任問題に発展するのなら何もできない。また、理不尽な要求を受け入れてしまうと、ますますその傾向を増長させてしまう。さらに、事前の回避だけではなく、事後対応も重要だと考えます」

著作権は法的にとても強い権利

ここで、東京オリンピックのエンブレム問題など、いくつかの事例が紹介されます。どの事例も、法律・著作権の専門家たちから言わせれば「著作権侵害に当たらないレベルである」という意見が大半だったといいます。しかし、インターネットを中心とした世論は許しません。

「法的に見ると、著作権というのはすごく強い権利なのです。同じ表現はおろか、似ている表現も認められない。それが生きている間だけでなく、死後70年間も続きます。これは、ある意味、憲法で認められた“表現の自由”を奪うに近いほど。ゆえに、法的判断のハードルは高く設定されています。しかしながら、世間の声はそうでないことが多い。そうなると議論がぐちゃぐちゃになりますよね。法的な客観的基準で話しているのか、世間的な評判の話なのか、よくわからなくなってしまう。そこを冷静に見極めることが実務の上では重要になります」

そこで渡部氏から、著作物(著作権)とは何か? という基本的な解説がなされました。著作権法 第二条第一項にある著作物の定義は、「思想または感情を“創作的”に表現したものであって、文芸、学術、美術または音楽の範囲に属するものをいう」とあります。

「創作的とは何かといえば、“知的精神活動の所産 + 個性”です。つまり、客観的な事実関係を記載しているものや、ありふれた表現は創作性がない、著作物にあたらないと判断されます」

ありふれた表現であるかどうか、権利が与えられる表現であるかどうかの判断の難しさを示すため、スローガンなどの短い標語が著作物に当たるのかという裁判や、CMで使われた2秒半の曲(サウンドロゴ)は著作物なのかという裁判事例が紹介されました。ここでわかったことは、著作権の有無は、単純に言葉や音の長さだけで決められるものではないということ。しかし、創作性を認められるには、ある程度の長さが必要なことが多いということ。そして、著作者とは誰なのかということに話は進みます。

CMの著作権は誰にある?

グラフィック広告の著作権は、アートディレクターにあるというのが一般的。これは、主に表現素材を創作的に組み合わせた編集著作物、あるいは結合著作物と考えられているからです。
その一方で、CMの著作権は、広告主、広告会社、制作会社のどこに帰属するのか?というのは昔から議論されてきました。

「この議論は、1992年のACC合意というもので一度は沈静化されます。“帰属問題は棚上げし、円滑な使用について協調的・積極的努力をする”ということになったのです。しかし、2012年のカーニバル裁判において、知財高裁は“CMの著作権は広告主に帰属する”と判示します。以来、広告主に著作権があるというのが一般的な見解となっています」

なお、CMは広告主が著作権者とはいえ、そこに含まれる出演者の肖像権、音楽の著作権、イラストやキャラクターの著作権、写真の著作権などは別の権利としてそれぞれに認められているとのことです。

類似・模倣・盗作はどう判断されるのか

著作権(財産権)の中には、複製権や上演・演奏権、翻訳権・翻案権などさまざまなものがあり、それらは譲渡することができるようです。ちなみに翻案とはアレンジのようなこと。一方で、著作者人格権(公表権や氏名表示権、同一性保持権、名誉声望保持権)は譲渡できません。

「日本は世界的に見ても、著作者人格権が強く保護されています。ですから、著作権譲渡契約の際に、著作者人格権の不行使条項を盛り込むことが多いです。例えば、ゆるキャラの著作権を自治体が買い取るとします。その際に、著作者人格権が残っていると、イラストレーターが“私が作ったのは2次元であり、立体にされるのは困る”と主張することが理論的にはできる。そうなると着ぐるみを作ることができなくなります」

ここから、著作権のなかの複製権・翻案権侵害の枠組みについて語られていきます。

「表現トラブルでもっとも多いのは、類似・模倣・盗作についてです。これが法的に争われた際に重要になるのが、依拠性と類似性。この2つが満たされると侵害となります。依拠性とは、“相手の作品を知っていたか。アクセスしていたか。それに基づいて作ったか”ということです。でも、これを立証するのは難しい。そのため、“あまりに有名な作品なので知らないはずはないだろう”とか、“お互いに交友関係があったので知っていたに違いない”というような推認で判断されることが多いのです」

ここで渡部氏より、洋画家の和田義彦氏の作品が、イタリアの画家アルベルト・スギ氏の盗作ではないかという事案が紹介されます。

「これについては、かつて和田氏がスギ氏のもとで修行していたという事実から、“依拠性” を否定することは難しかったでしょう。では、“類似性” はどうでしょう。これは、“創作性の本質的特徴部分における共通性が感得できるか”が重要になります。つまり、パッと見で似ているかどうかではないということ。それよりも、前述の“創作的本質的特徴”がポイントになります」

「依拠性と類似性の2つの要件を同時に満たしたときに著作権侵害となりますから、Aはアウト。Bは、偶然の一致であるということ。Cは、何も関係がないということ。このDが重要なのですが、これは“参考にはしているが新しい表現になっている。本質的特徴が感じ取れないところまで到達している”ということです。本来、クリエイティブな作業とはDであるべきだと考えます。アイデアを使うのは自由なんです」

モノにパブリシティ権はあるのか?

このあと、モノのパブリシティ権(肖像権)の話へと進んでいきます。かつて、ゲームソフトに有名な競走馬の名前を無断使用したことで争われた裁判がありました。馬主が、ソフトの製作・販売の差し止めと損害賠償を求めたのです。この裁判では、下級審でモノのパブリシティ権を認めたものの最高裁で逆転。モノパブをめぐる法的論争には、これで一応の終止符が打たれたということです。

「ところが、過去、経済産業省に不正競争防止法改正の動きがあり、『需要者吸引表示」なる概念の導入を検討したことがありました。これは、①商品・役務への使用行為 ②広告利用行為 ③毀損行為を、不正競争行為として罰則を科すということの検討。つまり、モノのパブリシティ権の立法化・罰則化というわけです。これが実現してしまうと、屋外でのCM撮影がほぼ不可能になってしまう。そのため、広告業協会は断固反対の立場を取りました」

現時点では、CMのなかに街並みが映っても、通常は違法ではないということになります。建物に対するパブリシティ権は認められないし、著作権46条の常時屋外に設置されている美術の著作物や建築の著作物に関する規定もあります。しかし、著名なタワーや神社仏閣などでは、CMなどで使われることを想定した営業的な体制を整えているところが多いようです。

「ここでも法務と実務の乖離があります。モノパブ対応の方法論としては、①法的には問題がないので、そのまま堂々と使う ②クレームを回避するために関係者の了解を取る ③架空のものといえるレベルまで改変する。ということになります。一番マズいのは、了解を取ろうとしたところ断られたが、法的に問題はないので堂々と使うということ。それはさすがに喧嘩を売っていると思われるでしょう」

日本の広告業界では、さまざまなことに気を使いすぎて、外から見ると「なんでそんなことを気にするの?」ということも多いようです。円滑にことを運ぶための行き過ぎた許可取りや、使用料の支払いが、同業者および業界にとって悪影響となることも多いようです。それらが慣習となってしまえば、立法化と同じことになってしまいます。

クレームへの対処は理屈が大事

「現在は、声の大きい少数や権利者団体の声が通ってしまうことが多いですが、みんなで議論できる社会を作っていくことが大事だと思います。また、表現する人にとって重要なのは、意図と意志のかけあわせ。ものづくりは理屈だけではないですが、クレームへの対処は整然とした理屈が大事になってきます。どうしてこの表現をしたのかをちゃんと説明できないと、相手は納得しません。悪意をもってそういう表現をしたのではないか、と誤解が拡大することにもなりかねません。一方で、広告は秒数やスペースが限られていますので、1回だけで全てを伝えるのは難しいという現実があります。ですので、継続してコミュニケーションをしていくことも必要になります。そこには信念が必要です。少しでもクレームがくるとすぐに中止する傾向が強まっていますが、ソフトバンクの犬のお父さんシリーズはじめ、最初はクレームがあってもやり続けたところ、理解も深まり、親しみも持たれて人気広告になっていくというケースは少なくありません」

最後に渡部氏は、攻めた企画をするために大切なことの3つを挙げられました。

「1つめは、『知ること』。過去のトラブル事例を知ることや、基本的な正しい法務知識を持つことで、無用なトラブルを避けられる確率は大きくアップします。2つめは、『想像すること』。的確な時代認識のもと、その表現が世に出た時にどう受け止められるか、想像力をじゅうぶんに働かせなくてはならないのは言うまでもありません。そして、3つめが『考え続けること』。思考停止に陥らず、常に考え続けることが大事なことなのだと思います」と、渡部氏は話を締めくくりました。

参加者の質疑応答の後、司会を務めた電通クリエーティブXの山口慶子さんの「会社の垣根を超えて、みんなでクリエイティブを面白くしていきましょう!」という前向きな言葉でセミナーは終了しました。

良い広告は、人の感情を否応にでも揺さぶるもの。ゆえに法的に問題ないという理由だけでは乗り切れず、クレームに臆病になることも許されず、という正解のない作業であることがわかりました。だからこそ、過去のトラブル事例を知り、法務知識を持ったうえで、意志をもって考え続けることが大事なのだと、渡部氏は教えてくれました。

画像提供/I.C.E.広報委員会 撮影/西田優太|Yuta Nishida
取材・文/富山英三郎|Eizaburo Tomiyama