業界全体での人材教育・育成に力を入れている I.C.E.ワーキンググループ。今回は人材育成セミナーの第2回『みんな知っておきたいディレクターの基礎知識 - UXちゃんとわかってますか?』と題する講習会が、2021年7月16日にオンラインで開催されました。
近年、UI/UXという言葉が一般化され、さまざまな場所で見受けるようになりました。しかし、私たちはその言葉の真意を正しく理解しているのでしょうか? I.C.E.の理事でもあり、クリエイティブ業界でUXデザインの第一人者として知られる株式会社ワンパク阿部淳也氏が登壇し、UXを考えるうえで知っておくべき基礎について講義がおこなわれました。
講師プロフィール
阿部 淳也(株式会社ワンパク 代表取締役/クリエイティブディレクター)
1974年宮城県生まれ。自動車メーカでのユーザインターフェースエンジニアを経て、IT部門でデザイナー、テクニカルディレクターを経験。 2004年より都内の広告代理店系プロダクションにて多くのWebサイト立ち上げにクリエイティブディレクターとして携わった後、2008年に"ワンパク"を設立。 東京インタラクティブ・アド・アワード入賞、グッドデザイン賞受賞など。
私たちの生活は大きく変化してきた
阿部氏のキャリアは自動車メーカーのUIデザイナーからスタート。トラックやバスのコクピットにおけるユーザーインターフェイスデザインの経験が、UXの基礎を築いたようです。
自己紹介を兼ねながら、時代の移り変わりと共に、私たちの生活がどのように変化してきたかが語られました。これもまた、UXとは何かを知るための大きな気づきとなります。
「私が小学生の頃、土曜の夜8時といえば『8時だョ! 全員集合』というテレビ番組を家族みんなで観ていました。月曜日のクラスの話題はその話でもちきりとなったその時代、マス広告も作りやすかったと思います。
現在はどうでしょう? わが家の土曜夜8時の風景は、大学生の娘がスマホで何かをしていて、中学生の息子はNintendo SwitchでYouTubeを観て、奥さんはテレビを観ながら笑っている。私はKindleやiPadで本を読んだり、Netflixを観ている。
同じ時間、同じ空間にいても、使っているデバイスも観ているコンテンツも違うわけです。そう考えると、年齢や性別、家族構成など、さまざまな要素を考えないとコミュニケーションするのが難しい時代。“Webサイトを作っていろいろな人に見て欲しい” といっても、果たして本当に伝わるのか? その意識は常に必要です」
相手にとって意味のない情報はノイズでしかない
そこで改めて、そもそも情報とは何かを語りかける阿部氏。
「伝え方や伝える手段はさまざまにあっても、相手に伝わらなければ情報とは呼べません。生活者にとって意味のなさないものは単なる “ノイズ” でしかない」
一生懸命作ったものを “ノイズ” にさせないためには、生活者と向き合うことが大事だと語ります。また、生活者にとって意味のある体験や情報を提供できているのか。そもそも企業から発信される情報と生活者が欲しい情報とに大きなギャップがあるなか、情報に価値を感じてもらえるよう、気づいていないものを見せてあげる、やってあげることが重要だと阿部氏は語ります。
生活スタイルが多様化するなかで、UXデザインやデザイン・エンジニアリングの価値、重要度は上がり、海外ではUXデザインの会社やクリエイティブファームの買収が進んでいます。
求められているのは、企業・事業・サービス戦略において、「ビジネスレイヤーから思考し、UXデザインやデザイン・エンジニアリングをできる会社なのだ」と阿部氏は力説します。つまり、クライアントから来る案件をただ制作するのではなく、その会社が目指すべき方向性を一緒に考えながら、経営者目線でブランド価値を創造するということです。
UXとは何か?いかにユーザーのモチベーションをキープさせるか
さて、ここからついに本題である「UXとは何か?」が語られていきました。UXとはとても広義な定義である一方、webサイトのUX、ゲームのUX、お店でのUXなど狭義なものとして語ることもできてしまいます。そのため、その人の担当や業務の状況によって捉え方がバラバラで、ときに話が噛み合わなくなってしまいます。
阿部氏は、UXとUXD(ユーザー・エキスペリエンス・デザイン)を混同せずに分けて考える必要があると言及します。
「企業が提供し生活者が利用するもの。つまり出会いの場所には、さまざまなタッチポイントがあります。店舗、パッケージ、サポート、広告・PRなどです。そこでの体験をシームレスに統合していくのが本来のUX。しかし、日本の企業の多くは縦割りなので、それぞれがバラバラになっていることが多いんです」
タッチポイントをシームレスに統合していくには、カスタマージャーニーが役立ちます。例えばモノを見る・買う・メンテナンスをする…といったすべての体験を平準化していくこと。
さらには、各タッチポイントでストーリー(物語)やコンテクスト(文脈)を伝えることです。お客さんはそこで価値や便益を感じ、企業や我々にとってのゴールが見えてくるというわけです。
「ここで重要なのは、ゴールに至るまでいかにモチベーションをキープさせるかです」
阿部氏は、コンセプトダイアグラム(戦略・戦術の可視化)の必要性を説きます。
「皆さんもコミュニケーションマップを書いたことがあると思います。関係する対象、主題、行為を視覚化していくわけです。そうすることでフェーズを前に進ませることができます」
顧客体験の可視化として、スターバックスでの体験が例として挙げられました。左から右に、お店に行く前から、お店に入り、商品を選んで、買って、お店で過ごし、出るまでの一連の行動が記載されています。
「大事なのは、そのときどきでお客さんが何を考えるかです」
ここで、オンラインの参加者に向け、スターバックスでよくある風景を質問していきます。わかったのは、お客さんがネガティブになりそうな気持ちを、いかにポジティブに変換させるかの施策でした。モチベーションのキープです。
「カスタマージャーニーを描くときには、ポジティブなTHINKだけでなく、どんなネガティブな考えが起きるかを洗い出すことが重要です。ウェブサイトでいえば、なんでこのページにたどり着いてくれないのか、なんで会員登録してくれないのかに対するTHINKです。そうすると、何をお手伝いすればゴールに近づくのかが見えてきます。これがUXDです」
さらに講義では、UXDにおけるユーザーファーストな検討アプローチを5W1Hに分け、具体的に語られました。
わかりやすい、見やすい、使いやすい構造・UI・デザイン
ここからは狭義なUXDについて語られていきました。「アフォーダンス」「メンタルモデル」についての解説がありました。人間は無意識に外界を察知しながら行動しているため、Webサイト制作でも説明することなくゴールに近づいてもらうためのヒントを示すことの大切さや、慣れた行動に変化があるとミスをしやすくなるため一貫性のある設計の重要性が語られました。
人間が無意識にとってしまう行動を踏まえたうで、次にIA(情報アーキテクチャ)の重要性が語られていきました。情報アーキテクチャとは、情報をわかりやく伝え、受け手が情報を探し訳すための表現技術です。
かつてプロダクトアウトの時代は、使いにくくても我慢して使っていました。使えば慣れるという考え方です。しかし、モノ余りの時代、ユーザーの意識の変化、ライフスタイルの多様化などで変化したと言います。
「何かわからないことがあれば、皆さん検索をします。そんな時代では、ファーストタッチポイントがデジタル領域になっている。そのため、Webサイトで情報を提供する際は、IAによって構築された、わかりやすい、見やすい、使いやすい構造・UI・デザインが重要になります」
戦略が決まらなければ、本来デザインは作れない
また、ECサイトを例にすると最近はwebと実店舗の体験を比較する人も増えています。そうなると、競合がどこなのかがわかりづらくなっていると言います。ゆえに、文脈をもったうえで丁寧に作っていくことがますます求められるようになっています。
丁寧に作り上げるためには、土台となるレイヤー「戦略・施策検討」から始めないといけないと語ります。
「Webサイトはレイヤーモデルになっています。建築と似ていて、土台から作っていかないといけないんです。そのため、コンペの段階でデザインを提出してくれというのは、本来は無理。戦略が決まってないんですから」
ワンパクでは、クライアントとワークショップをしてディスカッションをしながら、合意形成していくといいます。そこで話し合われることは膨大で、お客さんに求める負担(宿題)も大きくなります。
セミナーでは実例を見せながら、プロジェクトの実践方法が語られていきました。戦略を共に考え、要件定義を決めていく作業はプロジェクトの規模にもよりますが、平均で半年も時間をかけるといいます。
講義時間の関係で、具体的な実践方法は足早となってしまいましたが、最後に参加者からの質疑応答でセミナーは終了しました。
今後企画している阿部氏の講義では、今回の講義の各論となる、プロジェクト進行時のUXデザインのディレクションについて、お話しいただけるようです。興味を持たれた方は、阿部氏が次に登壇される機会をお見逃しないようにお願いします。
なお、次回のI.C.E.ワーキンググループでは、外部講師第6回目として、ゲーム『逆転オセロニア』の運営をされている株式会社ディー・エヌ・エーの香城氏が登壇される予定です。ご期待ください!
取材・文/富山英三郎|Eizaburo Tomiyama