2022.04.15 人材育成委員会 EVENT REPORT

I.C.E.の活動の一環として定期開催しているI.C.E. Working Group。このイベントでは、業界貢献している会社間で様々なナレッジの共有をおこなっており、2022年2月15日には、現場スタッフの人材育成をテーマとしたセミナーが開催されました。

人材育成セミナー第3回の講座は『アートディレクター講座』。講師は、I.C.E.理事でもあるRANA UNITEDグループの木下謙一氏。インターネット黎明期よりウェブデザインを手がけ、ブランディングや映像といったビジュアルデザインから、プロモーションやメディアといったコミュニケーションデザイン、データや3Dを軸としたデザインまで幅広く事業を展開し、武蔵野美術大学の非常勤講師も長く務める木下氏の講義には、多くの参加者が集いました。

講師プロフィール
木下謙一(RANA UNITED 代表)
1969年生まれ。1992年、武蔵野美術大学 造形学部 基礎デザイン学科卒業。CG、インダストリアルデザインのプロダクションを経て、1997年にラナデザインアソシエイツを設立。90年代半ばのインターネット黎明期よりウェブデザインを手がける。現在では資生堂や大手出版社のデジタル戦略を担当するほか、インスタレーションやテレビ番組用のデータビジュアリゼーションなど仕事の幅を広げている。デジタルクリエイティブを中心に据えているが、松任谷由実のCDジャケット、マーチャンダイズも手がけるなど、トータルなクリエイティブを強みとする。グッドデザイン賞など国内外で受賞多数。母校である武蔵野美術大学の非常勤講師を20年近くに渡り務める。

デザインができる “何か” をつねに考えておくこと

バウハウスの影響を強く受け設立された武蔵野美術大学の基礎デザイン学科を卒業後、CGやインダストリアルデザインからキャリアをスタートした木下氏。講義冒頭に語られた自身のキャリアと自社事業や組織についてのお話では、デザイナー/アートディレクター/クリエイティブディレクター/経営者としてデジタルクリエイティブ業界に携わってきた経験から、アートディレクションをするうえで大切な思考にも触れられていました。

「僕が大学生の頃はインターネットがほぼ普及していない時代でしたが、当時からコンピューターを用いたデザインに関心がありました。また、当初はクルマのデザインに興味があり、はじめから3次元空間でデザインすれば効率もクオリティも高まるという思いでコンピューターに触れていました」

デザインには様々なジャンルがありますが、それらに通底する基礎知識を養っておくこと、そして、更新され続けるテクノロジーの進歩に伴走できるよう、キャッチアップや先回りの思考をつねに心得ておくことが、アートディレクターとしてビジュアル表現の方向性を指し示したり舵を取っていったりするための大切な素養であると、木下氏の話から推測できました。

現在RANA UNITEDは、ブランディング/プロモーション/映像/データビジュアリゼーション/デジタルサイネージ/メディア/3Dプリンティングと、それぞれの強みを明確にした7つの会社に分かれています。

「近年、デジタルのクリエイティブ分野が細分化されてきたので、それに対応すべく組織を小分けにしています。広告代理店経由の仕事は少なく、7~8割が直接の取引きです。デザイナーやアートディレクターは一匹狼の方が多いですが、インタラクティブな仕事が増えてくると、ひとりでできないことが多いんです。そのため、私たちはチームであることを大事にしています」

デバイスが進化し、それに伴ってライフスタイルも変化するなかでも「常に新しいコミュニケーションを考えていきたい」と語る木下氏。ナショナルクライアントを主要取引先とし、信頼を獲得し続けてきた同社では、アートディレクターはどのような役割を果たしているのでしょうか? ここから具体的にアートディレクターについての話が語られていきました。

アートディレクターのキャリアパス

「デザイナーは、アートディレクターやクリエイティブディレクターが決めたアイデアを発展させる人です。その作業の間に、“やっぱりこっちかな” “もっとこうしよう” というやりとりが生じるのですが、その際にたくさんの引き出しからよりよい可能性を投げかけることがアートディレクターの仕事です」

アートディレクターをスポーツで例えるなら「監督」であり「コーチ」であり「プレイングマネージャー」だと語る木下氏。デザイナーは「プレイヤー」に該当し、小規模な作品や何かしら必然性がある場合はアートディレクターと兼務することもありますが、木下氏は、インタラクティブ業界においてはデザインも技術もデバイスも進歩が早いため、はっきりと役割分担をしたほうが面白いものができると言います。

広告分野のキャリアパス

「クリエイティブディレクターになるルートはいろいろあります。ここからもわかるように、広告分野でのアートディレクターは少し変わったポジションで、ややプレイングマネージャーに近い立ち位置です。佐藤可士和さんは、博報堂から独立して実績を積んだ後もアートディレクターを名乗っていた時期がありました。というのも、広告業界ではさまざまなキャリアの人がクリエイティブディレクターになるため、自分のポジションを独自のものとするためにあえてアートディレクターを名乗っていたようです」

アートディレクションの手法

ここからは多くの事例と共に、アートディレクションの3つの手法について詳しく語られました。本記事ではその一部をご紹介します。

1の調整型とは、クライアントに何かしらのアイデアやニーズはあるが、具体的なヴィジョンや手法がない場合を指すと木下氏は語ります。

「箭内道彦さんは “クリエイティブは合気道だ” と語っていましたが、私もそう思います。クライアントの意見や思いを利用して技を出す。その際には先方の商品、サービス、ブランドなどをしっかり見ることが大事です」

「調整型の事例を見てみると、弊社ではメディア系の仕事が多いですね。この場合、エンドカスタマーにはこれまでの新聞や雑誌のイメージがあります。そこに違和感がないようにしないといけないし、紙での表現をそのまま持ってきても仕方がない。いい意味で、似て非なるものにする。そこが難しくもあり面白いところでもあります」

2のアーティスト型とは、自分の得意技をクライアントにかけるタイプを指します。うまく技が決まるかわからない点が危険でもあり、ワンパターンだと思われる可能性もあるとか。しかし、うまく技が決まればすごいパワーを出すと木下氏は語ります。

「PAGEBOYの周年記念キャンペーンでは、あえてブランドのトーン&マナーとはかけ離れたものを提案しました。定時BOYはダジャレです(笑)。しかし、短期間でカンフル剤を打ち込むことが大事なキャンペーンでは、毒にもなりうることをぶつけることもやります。このキャンペーンは評判がよく、第2弾として刑事BOYという企画も制作しました」

3のマイクロマネジメント型とは、最初からトーン&マナーががっちり決まっている場合を指します。

「マイクロマネジメント型はブランドの方向性が確立しており、やるべきことや要素がほぼ決まっている仕事です。このパターンはパズルのようにハメこむ気持ちよさがあります。また、フランクミューラーに関してはこれまでメンズとレディスというカテゴリーしかありませんでしたが、ユニセックスの項目を作るなどの提案も実現させました」

ここからは、木下氏がアートディレクションをおこなった事例のお話がありました。とくに、これまであまり語られてこなかった、松任谷由実氏のCDジャケットを長く手がけていたお話は興味深いものがありました。

音楽の仕事は、音源が8~9割できあがった段階でプレゼンテーションをおこなっていくと木下氏。CDジャケットがキーグラフィックとして広告展開されるため、デザイン展開を考慮しつつ、アルバムのイメージにも合ったものにしていく必要があります。ミュージシャンや音楽業界のディレクターは、音楽的なイメージは豊富にあってもそれを言語化し伝えることまでは難しいことが多く、しつこく聞くチャンスもないため、アートディレクションには思い切りが必要だと語ります。

アートディレクションに必要な素養とは

最後に、アートディレクションに必要な素養は「知識」「体験」「歴史」だと語った木下氏。センスは生まれつきのものではなく、デザイン/映像/テクノロジー/ファッションなどから、さらに一般常識や世界情勢を「知る」こと「体験」することで形成されると言います。また、デザイン史や美術史、歴史一般についての教養も重要だと力説されました。

「これまでにポインティングしている点がたくさんあると、次を予想しやすいんです。I.C.E.加盟社はテクノロジーを駆使した企業が多いですが、過去の歴史を見ても、印象派とカメラの普及など、テクノロジーとアートには密接な関係があります。テクノロジーの進歩により、生活だけでなく人の表現も変わるので、知っておくとためになり個人的にも楽しいと思います」

その後、参加者からの質問にも丁寧にお答えされ、以上で『アートディレクター講座』は終了となりました。

取材・文/富山英三郎|Eizaburo Tomiyama