2022.08.08 人材育成委員会 EVENT REPORT
業界全体での人材教育・育成に力を入れているI.C.E.ワーキンググループの第31回が、2022年6月7日にオンラインにて開催されました。『外部講師会 第7回』となる今回は、『IBM iX / Future Design Lab. の次世代テクノロジー×コンテンツデザイン』。IBM Future Design Lab. の岸本拓磨氏が登壇しました。

講師プロフィール
岸本 拓磨(日本アイ・ビー・エム株式会社 IBM Future Design Lab. / Future Design & Creative / Chief Producer)

大手放送局にて約20年、販促のイベントやCM・番組制作、クロスメディア企画などを担当した後、ソーシャルメディア運営、動画配信やARアプリなどのデジタルコンテンツ企画開発、宣伝・話題化などを担当。2016年にIBMインタラクティブ・エクスペリエンスに入社。現在、IBM Future Design Lab. のクリエイティブ&デザインチームのリーダーとして、次世代テクノロジーを掛け合わせたミックスメディア・プランニングやコンテンツ制作、ブランディング、広告プロモーション展開などで活動中。デジタルな顧客体験デザイン領域で外部イベント登壇多数。

テレビ業界から日本IBMへ

大手放送局に約20年勤務され、販促にまつわるイベントやCM、番組制作をはじめ、各種デジタルコンテンツの企画・制作をおこなってきた岸本氏。自身がテクノロジー好きということもあり、ARをはじめとするXRも積極的に活用してきたと言います。そんな折、日本IBMが本腰を入れ始めた顧客体験デザイン組織「IBM iX(Interactive Experience)」から声がかかり、2016年に入社、コンサルタントの役に就くことに。

「IBM iXという組織は、デジタルキャンペーンのみならず、アナログキャンペーン、コンテンツ制作も手がけていくということでした。コンサルタントという当初の役割りは門外漢でしたが、面白そうだと飛び込みました」

現在は、IBM Future Design Lab. のクリエイティブ&デザインチームのリーダーとして活躍されている岸本氏。世界最大級の総合ITベンダーとして知られるIBM社ですが、岸本氏によるとまだまだソフトウェアやハードウェアの開発等の分野での印象が強くあるとのこと。今回の講義では、IBMとクリエイティブ/デザインについて詳細に語られる講義とあって、多くの参加者がオンラインにて集いました。

講義冒頭では、I.C.E.加盟会社との展望についてお話しいただけました。

「IBMの強みは、グローバルスコープと常に隣り合わせにあることが挙げられます。世界50箇所以上、各大陸に所在するIBMのデザインスタジオからクリエイティブの知見を日本に持ってくることができます。また、IBMではさまざまな研究がなされていますが、その活かし方について模索している側面もあります。そんなとき、皆さまと一緒に何かしらのテクノロジーを用いて、世間を “Wow!” と言わせることができるのではと考えています」

現在のIBMは “次世代テクノロジー×コンサルティング” の会社

ここからはIBMのヒストリーについて語られていきました。

「IBMはすでに100年企業。1964年にコンピュータを、1965年にはオリンピックの計測の仕組みを、そして1973年には日本初のオンライン勘定システムも作っています。そのため、現在も日本では銀行のお客様が多いです。また、バーコードの開発もIBMだったり、パソコン産業の発展に大きく寄与したIBM PCも開発しました。一番有名なのはThinkPadですよね。実は日本IBMが生み出したもので、日本人には誇らしいことでもあります。AIのワトソンが世に出た2011年あたりからは、次世代テクノロジーの会社となっています。現在は、AIやブロックチェーンなどの研究・活用、そして量子コンピューターですね。つまり、“次世代テクノロジー×コンサルティング” の会社だといえます」

アメリカでの特許取得数が29年連続で1位のIBM。基礎研究所は10カ国17拠点あり、ノーベル賞受賞者も6人出しているなど、歴史ある巨大企業であることがわかります。

「“次世代テクノロジー × コンサルティング” の会社だと言いましたが、テクノロジーを実装するにあたってデザイナーやクリエイターが必要となります。その存在はあまり知られていませんが、世界で3000名以上います。これにより、顧客体験系のテクノロジーを掛け合わせるエージェンシーとしても高い評価を受けているわけです」

Good Design is Good Business(1966〜)

1956年にIBMのCEOに就任したトーマス・J・ワトソン・ジュニアは、1966年に「Good Design is Good Business」と公式文章に書き示しました。また、デザイン・カルチャーを根付かせるべく、エリオット・ノイズやポール・ランド、チャールズ・イームズといった優秀なデザイナーを顧問に招くこともおこなってきました。

「エリオット・ノイズは、当時画期的なプロダクトと言われたタイプライターのデザインで知られています。また、ポール・ランドはIBMのロゴで有名です。シンプルでありながらファニーな感覚はここにベースがあります。
そして、イームズとのワークはIBMにとって大きなものです。『House of Cards』で使われている写真は、IBMのコンピューターやタイプライターが美しく切り取られています。動画『POWERS OF TEN』もまた、IBMがイームズに頼んで作ったものです。人類が初めて宇宙から地球を見た時代に、すでにGoogle Earthの原型ともいえるものを生み出している。映像ではさらに、人の肌を通り越してミクロの世界にまで入り込んでいく。当時の科学技術の限界を活用しながら、マクロとミクロの世界を描いた作品です。
2012年に原子を使ったストップモーションアニメ『A Boy And His Atom - The World-s Smallest Movie』もIBMが作りました。ここからわかることは、常にテクノロジーカンパニーとしての気概を持ち、“テクノロジー×アート” を描いてきたということ。数々の研究成果をアートに落としていくことが、IBMにおけるデザインのわかりやすい例といえます」

ここから、岸本氏が所属する「IBM Future Design Lab. 」についての解説がなされました。会場で流された同デザインラボの紹介映像には、「テクノロジーを軸に、お客様やスタートアップの成長を支援し、オープンイノベーションを推進。新たなビジネスを共創し、テクノロジーがもたらす新しい社会のあり方を共に考え、共創し、発信する」というメッセージがありました。

IBM Future Design Lab.は未来のビジョンを可視化する

「“テクノロジーによって世の中は良くなる” “面白くなる” というメッセージは、ときに恐怖としてとらえられてしまいます。AIやメタバース、ブロックチェーンもそうですよね。初期段階では儲け話として騙されたり、フェイク情報が蔓延したり。そこで、新しいテクノロジーが活用される世界はどのようにあるべきなのか、単純なコンサルティングではなく、動向を予測して、ビジョンとして描くことが必要になります。IBMにはグローバルリサーチの部署があり、世界中の約3000~5000人のCXO(Chief x Officer)に常にヒアリングをしています。彼らが求めるものをホワイトペーパーにしてアウトプットもします。それら企業が求める未来のヴィジョンのようなものを、IBM Future Design Lab. が可視化させていくのです」

具体例として、日本の大手銀行と取り組んだ10年後の銀行のイメージが紹介されました。可視化にあたっては、仮想通貨やブロックチェーンに詳しいIBMのリサーチ部門が監修のような立場で入るといいます。その他、大手生命保険などとの取り組みも紹介されました。

「未来を可視化する際に適当なものを描いてしまうと、そのあとの開発が大変になってしまいます。ですから、きちんと粒度を合わせていきます。実際、ここで描いたものが、ひとつずつ開発に回っていくようなイメージです。ですから、映像で盛ろうとすると研究部門から “そこまでは実現できません” と制限されることがあります。開発の段階では、IBMだけでなく他の会社とも協力していきます。テクノロジーの知見を用いながら、タイムラインをIBMが引いて、そこに合わせてデザインを考えていくのです」

エンタープライズ・デザイン思考でお客様と対峙する

昨今、「デザイン思考」や「アート思考」という手法が注目されていますが、IBMではそれらをカスタムした「エンタープライズ・デザイン思考」を掲げていると語ります。デザイン思考だけではなく、B to B企業としてスポンサーユーザーの視点を取り込みながら、アジャイルに作り上げていくのです。

「手間はかかりますが、ウォーターフォールではなく、アジャイルに開発して、細かくプレイバックしながらお客様に提示します。また、段階ごとに明確な目標やゴールを設定する “目標の丘” も大切です。これにより、デザイン思考のなかで描かれるちょっとぶっ飛んだアイデアみたいなものが、徐々に高解像度になり、実装へのルートが生まれていきます」

IBMがデザイン思考をカスタマイズした、独自の「エンタープライズ・デザイン思考」は、常にバージョンアップされていくと言います。また、社内において厳しい認定バッチ制度があることで質が担保され、さらには向上されていくと語ってくれました。

「こういった思考をもとに顧客分析をし、ジャーニーを描き、必要なデジタル体験が明らかになってから、お客様体験の創出や創作をおこなっていきます」

次世代テクノロジー × エンターテインメント × コンテンツデザイン

講義の後半は、Cognitive Computing(コグニティブコンピューティング)の話を中心に、世界的な取り組みについて紹介されました。

「現在は、非構造化データ(テキスト、音声、画像、動画、センターログなどのさまざまなデータ)を構造化することが面白いと思っています。そういったものを理解し、推論し、学習して、というのを繰り返していきます。これにより、これまでとらえることができなかったデータをもとに、新しいクリエイティブを見出すことができます」

その一例として、「DAYBREAK ダンスパーティ」という試みが紹介されました。これは参加者の性格分析をしながら、パーソナライズされたアクティビティを提案。さらにはソーシャル上のつぶやきをリアルタイムで分析することで、照明が変わったり、ビートが変化したりなど、インタラクティブにアクションが変わっていくパーティです。

また、ある人が発信する数千語のワードがあれば、AIがその人のパーソナリティを理解するという話も興味深いものでした。Twitterの投稿などを分析することで、個人の性格が色濃くわかると言います。アメリカのプロスポーツチームでは、選手のマッチングに利用し、勝つチームを構築しているようです。

「広告の世界を例にすれば、いまも年齢・性別・世帯などデモグラフィックな情報に頼っています。アドテクノロジーの限界はそこにあります。価値観やライフスタイル、性格、好みといった心理的特性を加えることで、顧客をより理解していく。さらにはインタラクティブにアクションを起こしていく。つまりは“個”客に対応していくことができます」

「計画し、行動を最適化する」ということもIBMの開発案件では多いと岸本氏は言います。これにより、有識者数人が一週間かけて実施していた広告宣伝の割り当てが、数分に短縮される例もあるとか。機械学習によるプログラマティック広告の運用、機械学習による入札の最適化などは、日本では業界によっては規則や慣例的に難しい側面などが未だありますが、すでに海外では広く活用されているようです。

AIの自動編集によるハイライトシーン配信

その他、ゴルフのマスターズやテニスのウィンブルドンなどで採用されている「AIの自動編集によるハイライトシーン配信」も紹介されました。「コグニティブ・ハイライト」とも呼ばれ、プレイヤーや観客、コメンテーターのデータなどをインプットすることで、それらを基に各シーンで盛り上がりの特徴を採点し、自動で動画をピックアップする機能です。これにより、有名選手ではなくても面白い試合をしていれば、スコアが上がって注目されるという利点があると語ります。
最後には、キヤノンと取り組んでいる世界最速&高精細な「Volumetric(ボリュメトリック)」という空間記憶のテクノロジーも紹介されました。

「クリエイティブに掛け合わせることができる、IBMの新しいテクノロジーを外に打ち出すことで、何か面白いアクションを描けたらと考えています。また、新しい技術だけでなく、そこにパフォーマンスに合わせて、低廉化した枯れた技術も水平思考して組み合わせることでも新しいクリエイティブを生み出すことができると思います。それらを活用しながら、皆さまと何かしらでご一緒することができると思っておりますし、お力になれたらと考えています」

参加者に向けた熱いメッセージと共に講義は終わり、最後に参加者からの質疑応答でセミナーは終了しました。

取材・文/富山英三郎|Eizaburo Tomiyama