いまを読み説く多彩な知見とアイデアを交換するトークラウンジ「I.C.E. CREATIVE LOUNGE」。今回は「カンヌライオンズにてクリエイティビティの本質を探る」をテーマに、2019年のカンヌライオンズに参加した3名のゲストを迎えトークが繰り広げられました。
毎年6月にフランスで開かれる世界最大級の規模を誇る広告賞、カンヌライオンズ。長年拡がりをみせ続けて来たこの広告賞は、昨年2018年に会期の短縮や応募の上限など様々な変化を迎えました (参考:https://i-c-e.jp/activity/report/archives/420)。その変革から1年、今年はどんな特徴があったのでしょうか。
モデレーターには、テクノロジーとビジネスとクリエイティブの媒介者として様々な領域を横断する西村真里子氏 (HEART CATCH)、登壇者には、クリエイティブデータ部門の審査委員長をつとめた佐々木康晴氏 (電通)、同部門審査委員経験もあり、カンヌへの参加経験の多い皆川治子氏 (博報堂)、I.C.E.加盟社でカンヌでの受賞歴もありカンヌのウォッチを続けている山中雄介氏 (AID-DCC*) の3名が登壇しました。
これは一体なんのため? 日本のクリエイティブはまだデータを使いこなせていない
まずは佐々木氏から、自己紹介とともに今回自身が審査委員長をつとめ2015年に新設された部門でもある、“クリエイティブデータ” について説明がなされます。
佐々木:普段は電通でデジタルのクリエイティブを担当しています。近年、制作にもデータの重要性が注目され始めていますが、その一方でクリエイティブに携わる人はデータを生かした制作に関して、まだ苦手意識があるように感じます。「データに振り回されると、面白いものが作れない」という思い込みが根深くあるというか。クリエイティブはまだ、データを使いこなせていないのです。
また、一般的にも自分のデータを取られて嬉しいと思う人は少ないですよね。ネット上で自分に関する情報の入力を求められたときにいいかげんに答えたりするのは、自分のデータが流通することに対して、やっぱりネガティブなイメージがあるから「クリエイティブデータ」としてやるべきことのひとつは、みんなに「データを渡したぶんだけ、楽しくて濃い体験が手に入るんだ」と思ってもらえるようなものをつくることです
佐々木氏は「データの世界にクリエイティブの人をもっと呼び込みたい」と言います。クリエイティブデータ部門はデータとアイデアをリンクさせた作品を評価するもの。受講者にとって気になる今年の審査基準は以下の通り。審査委員長として3つの基準を設定し、それを満たしているものから選考を重ねたとのことでした。
1. Transformative
→社会に影響を与えるような、変革力のあるアイデアかどうか。
2. Commercial and Emotional Value
→企業が儲かるだけでなく、人の気持ちを動かす価値があるか。
3. Forward-thinking Ethics
→より良いデータが流通するような、新しい倫理を見出しているものか。
2019年のクリエイティブデータ部門で注目の受賞作品は以下となりました。
◾️GO BACK TO AFRICA / Creative Data Lions グランプリ
(ソーシャルデータインサイト部門)
https://www.youtube.com/watch?v=PoyutLAPUbQ
ブラック・ピープル向けのツアー会社、Black & Abroad によるアフリカの観光キャンペーン。ネット上のヘイト表現である「GoBackToAfrica」の意味を変換し、アフリカの様々な国の美しい光景の上にに黒塗りされたツイートを重ねたものを、デジタル広告として配信。また、これまで雑誌などに掲載される旅行写真の多くは白人のものだったが、ネットからブラック・ピープルが写った旅行写真をAIで自動収集し、オンライン旅行ガイドとして公開した。
◾AI VERSUS / Creative Data Lions ブロンズ
https://www.youtube.com/watch?v=DZ83RadEOy8
プロパガンダとニュースの違いは?という問いの元に、2つのまっさらなAI を作成。ひとつはロシアの国営放送だけを見て、もうひとつはロシアの民放だけを見て過ごすと、6ヶ月後にはそれぞれの番組の知識と語彙を得てどんな質問にも答えられるようになったが、国営放送だけを見ていたAIの回答は、政治的に偏った内容となったという。正しいデータを与えられなければAIですら間違える、ということを上手にニュース化した。
クリエイティブデータ部門は、まだ応募数が500作品ほどと他部門より少ないとのこと。佐々木氏は、日本の皆さんにももっと応募して欲しいと話します。また、日本の広告のアイデアは「技術や表現はすごい! …けど、 一体これは何のため?」という指摘を受けることが多いようです。表現や手法だけにこだわり過ぎる傾向があるので、ブランドが果たす目的をはっきりと持たせつつ、もっとクリエイティブデータに目を向けてほしいと佐々木氏から提言がなされました。
ソーシャル・グッドという名の企業ブランディング
リーマンショック以降、グローバル企業として何らかの社会課題に取り組み、広告などで世の中を変える意思を表明することは、現代に欠かせないブランディングとなりました。カンヌのように国際的なアワードではその傾向が特に色濃く表れ、「ソーシャル・グッド」と呼ばれる社会的メッセージ性を備えたキャンペーンが高く評価されています。
佐々木:ストレートに広告を打つだけでなく、ただ社会貢献をするのでもなく、そのブランドや企業の存在意義が伝わるような活動を行い、ユーザーの共感を得ることが今求められています。例えば「このコーヒーはフェアトレードの豆だけを使用し、飲めば良い生産者の支援活動につながる」など、そのブランドと関係することで社会課題の解決と繋がる CSV(Creating Shared Value)もその手法のひとつ。そして今は、CSA(Creating Sweet Actions)=ブランドと一緒にできる魅力的な社会参加行動の “きっかけ” をつくるクリエイティブが注目されています。企業が行動のきっかけを提供することで、ユーザーが主体的に、かつ楽しみながら、企業と共に目指している未来や社会に向かってくれるよう誘導するものです。
評価されるキャンペーンを設計するには、ブランドのビジョンと目的を正しく設定し、目指す未来や社会にたどり着くための鮮やかなクリエーティブな戦略が求められます。その企業だからこそ取り組む明確な根拠、そして、もちろん表現や伝達アイデアも重要です。クリエイターは表現を磨くだけでなく、社会を冷静に見て課題を発見・観察しなければいけないんですね。
日常生活の中からタッチポイントを発見せよ
続いて、カンヌ広告賞への参加は7度目、審査員経験もある、博報堂タッチポイントエバンジェリストの皆川治子氏にバトンが引き継がれました。
皆川:「タッチポイント」とは、生活者がブランドと出会う接点のこと。数年前まではテレビやラジオなどのメディアが主流でしたが、現在は Web やスマートフォン、店頭などあらゆるものが、生活者がブランドを知る接点になってきています。こういったトークイベントの場でも検索をしながら話を聞くようになったりと、コミュニケーションの方法は日々変化しています。そういった新たなタッチポイントを探し、研究し、コミュニケーションの方法を考えるのが私達の仕事です。
皆川:最近注目のタッチポイントの例で言うと、Amazon の「Alexa」などのボイスUI でしょうか。ボイスUIは、 ITリテラシーがある世代はもちろんですが、実は老人ホームで生活している高齢者の間でも受け入れられています。夜トイレに行きたくなった時にヘルパーさんを呼ぶのに躊躇する高齢者にとって、声をかければ電気をつけてくれるし、話し相手のいない時に答えてくれる Alexa は、ありがたい存在。アメリカの高齢者のなかには、Alexa としりとりをして遊んでいる人もいるそうです。これは新たなコミュニケーションのあり方ですね。
今年のカンヌでは、デジタルパスホルダー(※カンヌ関連のコンテンツを視聴できるパス)向けのライブストリーミング番組で、その日の模様を総括するコメントや、様々な企業の CEO にインタビューや解説が行われました。皆川氏は、なかでも “こんまり” こと片づけコンサルタントの近藤麻理恵氏のセミナーについて、『日本のクリエイティブのユニークネスについて』の解説を求められたといいます。
皆川:日本人とっては、物に対して “ときめく” ことも、片づけをすることも普通のこと。でも海外の人の目には、日本独特のアニミズム的な考え方が新鮮に映ったようです。
「Behavior Changeを起こしたか?」と問われると、日本の人は物凄く大きな変化が起こるインサイトを探さなければいけない、と思ってしまいがち。でも、ときめいたら部屋が片づくのは、海外の人にとっては物凄く大きな変化です。物=変わらないというのが前提の海外の考え方に対し、万物が変化していく諸行無常の考え方は、日本独特のものかもしれません。
作り手として、日本の文化の特殊性を客観的に観察し、理解することは、カンヌのような国際的なアワードで評価されるインサイトを探す上で欠かす事のできないものになりそうです。
ネットはどうやら美しいものがお嫌い?
また、皆川氏からは「ミームや、変顔、猫など、純粋に美しいものよりも、少し変なものがネット上でバズを生み出しやすい」という意見も。注目すべきは、名だたるクリエイターが共通して発言していた「メディアの言語を体感せよ」ということだと皆川氏は続けます。
皆川:なぜこんなにも多くのクリエイターが「メディアの言語を体感せよ」と当たり前のことを主張するのか? それは、当たり前だけど意外とできていないから。今年のカンヌではそれを痛感しました。マスメディアでは編集長が設定した世界観に共感しオーディエンスとなり、広告主はそこに広告を出すのですが、ソーシャルメディアでは広告主もユーザーと同様に共創者となり、状況、チャネルによって態度を変えることが必要になってきます。
クリエイターから見た、カンヌライオンズ
続けて、I.C.E. 加盟社であるAID-DCC*の山中雄介氏からは、実際にクリエイターとしてカンヌに参加して感じた事や、各部門の受賞における日本の打率、審査員属性の分析などのデータの共有がありました。
今年のカンヌで日本が苦戦したと言われている理由は、ショートリストにすら入らなかった部門が14部門あったこと。日本人の参加者同士で「受賞できた?」みたいな会話もほぼなかった。また、昔はサイバー部門で強いと言われていた日本ですが、サイバー部門がなくなってしまったことも、その一助となっていると思います。
日本は世界のトレンドを追い求め過ぎている!?
皆川:例えば今年であれば、インクルーシブなものがたくさん受賞していたように、賞を取りやすいグローバルなテーマは毎年ある。でも日本の方は、何がトレンドになっているのかは知っていても、その背景を深く理解出来ていない事が多い。そうするとそれを単なる手法として使ってしまって、結局評価されるというところまでいかないんです。国際的なトレンドの中でも、日本の状況に合うものと、合わないものがある。世界の状況に準じただけで、日本国内の状況の中にその理由はない場合、広告として機能しないんです。
佐々木:欧米での流行とは別に、日本は日本のインサイトがあるのに、それに触れずに表面的に世界のトレンドばかりを追ってしまうのは、勿体無いですね。
皆川:ブリーフとしてクライアントが語っていても、実際の生活者との間にギャップがあることも多いですね。ソーシャル・グッドの場合、日本で普通に生活している人のなかに、「そうあって欲しい」という強い欲求がまだあまりないケースもあります。
昨年から受賞数で苦戦を強いられている日本の状況から、日本国内と欧米とのギャップまで。ディスカッションが生まれるなか、山中氏は以下の受賞作品に注目しました。
◾️Dream Crazy / アウトドア部門、スポーツ部門でグランプリ受賞
https://www.youtube.com/watch?v=Fq2CvmgoO7I
ナイキのキャンペーン「DREAM CRAZY」は、Twitter、Instagram、YouTubeで8000万人が視聴したとされるヒット・キャンペーン。セリーナ・ウィリアムズなど、様々なスポーツ選手たちが実現させたクレイジーな夢が次々と紹介される中、ナレーションをつとめるのは元NFL選手のコリン・キャパニック。キャパニックは2016年の試合直前、人種差別に抗議するため、国家斉唱中に起立をせずに膝まずいたことで、事実上の引退に追い込まれている。そんな彼を広告に起用したことで、ナイキは保守派からの反感を買い、株価を一時的に落としたものの、その後史上最高値を更新した。
◾️the Truth is worth it / フィルム部門グランプリ
https://www.youtube.com/watch?time_continue=7&v=PZJdKuTRN5E
「ロヒンギャ迫害」「ISIS」「アメリカ移民問題」「トランプ税金問題」「メキシコ政府のメディアコントロール」の5つのテーマ題材に、刻々と変わっていく情勢を地道に追いかける記者たちの姿勢を追っている。真実を追求することの重要性を伝えながら、政府に遮断されても、ニューヨークタイムズ誌は真実を追求し続ける、という姿勢を表現している。
◾️The Whopper Detour/ データ部門、モバイル部門 グランプリ
https://www.youtube.com/watch?v=CDhC6LsAJgM
バーガーキングのモバイルアプリから、人気商品のワッパーを1セントで買えるクーポンを配布。しかしその条件は、全米で14000店舗あるマクドナルドの半径約180メートル内でしか受け取れないというもの。クーポンゲット後、そのままアプリが最寄りのバーガーキングへ誘導してくれるという廻り道をするキャンペーン。その悪ノリが話題になり、アプリのダウンロード数は9日間で150万を超え、来店数も4年間で最高を記録した。
「ソーシャル・グッド」に注目が集まる中、プロダクションに在籍している山中氏は、フィルムやグラフィックなどの力強い表現に純粋に心を動かされたと語った。
いま、クリエイターに必要とされているもの
3者の発表後のパネルトークではカンヌに限らず、今のクリエイターに必要なスキルや、クライアントが広告に対して求めるものの変化など、様々な意見が出てきました。
皆川:クライアントが広告に対して求めるものや状況は、あまり変わっていません。なかにはブリーフを破壊するようなアイデアを求められる事もありますが、「プロダクトの売り上げを上げる」というような数字の域から脱却している会社は少ないです。上手くいくのは、こちらから提案したものが先方の求めるものにフィットした場合ですね。
デジタルの施策では明確な根拠を求められますが、最初から KPI などを気にすると、突破力のあるアイデアが出なくなる。Wieden + Kennedyではクリエイターに対して「Walk in stupid=頭を空っぽにして会社に来なさい」と伝えています。ストラテジックプランナーでさえも、まずは数字を気にせずにクリエイターと一緒になりアイデアを出すんです。
山中:日本人は肩書きに縛られて仕事している人が多いので、デジタルならデジタル、PRならPRのことしか知らない人が多いです。デジタル × PR のような掛け合わせを出来る人が少ないことも、問題に感じています。
佐々木:色々やらなければいけない事はあると思いますが、まずは、ターゲットを深く理解すること。表面的なターゲット像のあぶりだしや接触メディアの分析で満足するのでなく、その周辺まで深堀りすることで、彼らが自ら動き出し、カルチャーまでゆさぶるような強い表現が生まれます。
皆川:外国から見たほうが、日本の精神性、日本の文化の考え方が見えることがあると思います。日本にとって当たり前になっていることへの掘り下げ方がまだまだ足りないので、日本らしさとは何なのかを客観的に考え、是非とも国際的に評価されるアイデアを出してください。
来場者の4割弱が実際にカンヌ広告賞への参加経験があった、今回のセミナー。会場からは、「日本独自の文化が評価されているというのが新鮮だった」「カンヌの常連の本音を聞けて、大変参考になった」「絶対いけると思っていたものが評価されず、ギャップを感じていたが今日その謎が解けた」といった声があがりました。トークイベント後の懇親会では、登壇者と参加者の交流も深まり、有意義なイベントとなりました。
*登壇時2019年7月19日時点
写真提供/I.C.E.広報委員会 撮影/西田優太|Yuta Nishida
取材・文/沼尾 なつ紀|Natsuki Numao